冬物語
第22回明治大学シェイクスピアプロジェクト『冬物語』の千秋楽を、先週の日曜日に観にいきました。
私もこのプロジェクトの出身で、大学4年生のときに第8回『冬物語』を演出しました。約15年ぶりの冬物語。そんなこともあって、この夏にはワークショップに出向き、おそらく5年以上ぶりの公演観劇となりました。

15年も経って、自分も少しは大人になったかと思っていたけれど、正直なところやっぱり普通には観れないといいますか。私がこの道に進む明らかなきっかけがここにあったわけで、若気の至りで全てを費やした大青春の場だったわけで。耳に届くセリフから当時の風景や感覚がフワッと蘇ってきて、それが邪魔で物語には集中できない。でもその物語は嫌になるほど頭でこねくり回していたから知っているのだけど。途中から諦めて、自分にとってはきっとこの見方が正しいのだと変に納得して、身を任せて思いに耽った時間になりました。
改めて、変だよ。200人の大学生が半年も青春もつぎ込んで、1000人規模の大ホールでシェイクスピアをやるなんてはたから見たら常軌を逸している。というのは、私がやってた当時だって思っていました。私は演劇学専攻でもないし、クラスの友達にそんな話をしたところで、大層アカデミックでコアなご趣味なんですねという顔をされて話が弾むわけもなく、まぁそりゃそうだよなぁと思っていましたし。その状況は曲がりなりにも演劇に関わって生活している今だって実はさほど変わらず、私が接する若い俳優さんと話していると、「大学から演出してたんですか?」「あ、はい」「え、どんな作品とかですか?」「あのーシェイクスピアとか」「えーすごーい」「いやいや」「ハムレットとか?」「冬物語っていうのをやって」「へぇ」「はい」「すごーい」なんかわからないけどアカデミックな匂いがするシェイクスピアというネームバリューだけの会話がなされて、とりあえず全部まとめて「すごーい」で終わってしまうことがよくあります。演劇に身を投じていてもそうなのだから、この世の中のほとんどの方は、「すごーい」で、もしくはもっと手前で話が終わるようにも思えます。つまり、シェイクスピアって、特に日本では、ほとんどの人が一生のうちに一回も観ないまま死んでいくんじゃないでしょうか。ちょっと統計取ってみたいですが。
だけど、やるんですよね。
これはひとえに、魅力に取り憑かれたからと言っていいように思います。
初めてシェイクスピア作品を、客席で途中苦しくなりながらも、最後まで見切ったときの圧倒的な読後感や高揚感。そして演者側に立つと、シェイクスピアの世界で生きることの気持ちよさや、スタッフとしても200人規模で舞台をつくる楽しさ、何より1000人規模の拍手を浴びること。きっと今回の冬物語のみなさんだって、ひとりひとり何かに取り憑かれていたのではないかしら。それが青春をかけるのに十分すぎる理由になっていることを、今回観ながらひしひしと感じました。シェイクスピアは400年後に日本の学生がやるなんて思ってもみなかっただろうし、さらにその描いた作品が心血注いで打ち込む場を作っているなんて、劇作家として本当にできすぎですね。

何が言いたいかというと、明治大学シェイクスピアプロジェクトが生み出す、客席で観劇しながら感じることのできる充実感が素敵だということと、一生に一回ぐらいシェイクスピア作品を観ても損はないのでは、というシェイクスピアのすすめ、をお伝えしたかったのかもしれません。つまりよかったら来年、観に行ってみてください。
そして今年関わった皆様、本当にお疲れ様でした。とても心に残る「冬物語」でした。
